真珠湾開戦に反対だった山本五十六は一九四三年四月十八日、ラバウルからブインへ移動する途中、搭乗していた一式陸攻が日本軍がメザシと呼んでいた米軍のP38ライトニング戦闘機に打ち落とされ、戦死している。史実はそうなっているが、この物語は、五十六は死んでいなかったという物語である。